2011/02
心の一冊
『内なる島―ワタリガラスの贈りもの』

標高1200メートルを越えるここでは連日氷点下10度を下回る日が続いています。降った雪は解けず、さらさらと風に舞っています。乾燥しているせいで、夜空の星がほんとうに美しく、早朝には東南の空に明けの明星がすばらしく大きな光を投げかけています。空にほのかな光が差しはじめる午前6時頃がもっともきれいです。

いつものことですが、ここ八ヶ岳の麓で暮らすようになってからはことに、一月半ばから二月末にかけて少しずつ寒さに疲れを感じ始めます。そんなとき繰り返し読む本があります。

リチャード・ネルソンの『内なる島―ワタリガラスの贈りもの』(星川淳訳 めるくまーる社刊)という本です。

ネルソンは家族とともにアラスカ南東部で暮らす世界的に名高い人類学者です。この本ではそのアラスカのある島でのフィールドワークを通して、彼の目に移ったアラスカの自然の豊饒さやかつてそこで暮らした先住民コユーコン族の自然とのかかわり方について語られています。

しかしまた、一方では真のスピリチュアリティとは何かを教えてもくれる、文学的香りの高い素晴らしい作品でもあります。

まず目を見張るのはその文体です。精緻で濃密、芳醇な香りと美しさを持ち、読む者を圧倒します。それはまさにネルソン自身が語っているように

「この島と恋に落ちたハネムーン時代を書きつづったもの」

だからでしょう。

翻訳は星川淳氏。
これもまた見事というよりほかなく、翻訳であることを忘れてしまいそうなほど、繊細で生き生きとした躍動感にあふれています。

このお二人に共通していたのは、故星野道夫氏との交流です。星川氏の提案で、この本には随所に星野氏の写真が添えられています。切り取られた大自然の一部を映しながら、星野氏の写真にはどれも繊細で濃密な自然の持つエネルギーがひしめき合っています。

ネルソンの文体と星野の写真のコラボレーション。星川氏は語っています。

「本書に見るネルソンの筆致から、まるで星野の写真を言葉に置き換えたような同質性を感じた」と。

残念なことに星野道夫氏は’96年カムチャッカ半島で熊に襲われ亡くなりました。突然の訃報に激しい衝撃を受け、悲しみにくれた方も多かったことでしょう。遺作展には十二万人が訪れたとのことです。

私も彼の写真が大好きでした。ここ八ヶ岳に住もうと思ったことともいくらかかかわっています。できるだけ自然の中に、邪魔しないように住まわせてもらう、という感覚。

星川氏はあとがきでこう語っています。

「巨大な人工物によって自分たちの存在の証をできるかぎり声高に世界に刻印しようとする文明社会、・・・これを〈残す文化〉と名付けるなら、その一方には地球上にはいわば自分たちの足跡を残さないことに細心の注意を払う人びとがいる。・・・星野とネルソンをつなぎ、彼らを残さない文化の担い手たちとつなぐのは、慎ましさ謙虚さという言葉にはおさまりきらない必死さなのだろう」と。

この〈残さない文化〉の担い手のひとつがアラスカ先住民コユーコン族です。

この本はアラスカの大自然と恋に落ち、

「自然を愛する者はその愛ゆえに、自然が理不尽に傷つくことを自分の痛みと感じる」

ことのできる男たちの哀切な呼びかけであり、真のスピリチュアリティを知る人びとへの共感の声のようにも私には聞こえます。
生涯大切にしたい心の一冊です。

2011/02/05 高瀬千図拝

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