2011/04
豊かさの代償

この手紙を書きながら、東北地方と北関東を襲った大津波、亡くなったたくさんの方々のことを思うと胸が痛んでなりません。友人の中にはご両親を亡くされた方もあり、言葉のかけようもないまま、どうしたらいくらかでもお慰めできるのか考え続けています。

今回は千年に一度と言われるほどの大地震でした。歴史を見るかぎり、この国はたびたび地震にも津波にも襲われています。平安時代には九州で起きた大津波で、太宰府あたりでは何千人もの人々が波にさらわれたという記録が残っています。御所が倒壊したこともありました。近代でも関東大震災があり、神戸で起きた大震災はいまだ記憶に新しいものです。それでも人々は立ち上がり、助け合って、今日まで生きてきました。

宮城、茨城、福島、大津波が去った後の荒涼たるありさまは、かつて原爆で焼き尽くされた故郷長崎の風景を思い出させます。焦土と化した長崎の、千年は草木も生えないと言われた大地に今はキョウチクトウやニセアカシアの木が豊かに枝を広げています。人の営みも続けられています。胎内被曝し、4才まで生きないと言われた私もどうにか今日まで生き延びています。

それにしてもいったいこの国に何が起きているのか、原発の事故を見て思いました。世界唯一の被爆国がこうしてまた原子力の脅威にさらされているのはなんと皮肉なことだろうと。世界から核を廃絶すると誓った国が現実的な便利さ、経済的効率性に負けてしまったということでしょうか。

次々に新しく安全な代替エネルギーの研究開発が進んでいるにもかかわらず、この国はそれを応援するどころか阻害しているというのが現実です。なぜか? おそらくは他の国々との政治的、経済的利害と駆け引きあってのことでしょう。

それでもなお私たちがいかに怠慢で、安易にエネルギーを扱ってきたかという事実は消えません。この国のエネルギー問題を真剣に考えてきませんでした。夜の東京には恐ろしくなるほどネオンサインがひしめき合い、コンビニの灯りは目を射貫かんばかりに明るく、自動販売機は24時間暖めたり冷やしたりしています。自販機をなくせば、原子力発電所二基が不要になるという専門家の計算もあります。

これほどの悲惨を経験し、目にしなければ、私たちがこれまでの自分たちの行動と思考パターンを変えられないとしたら、そのための代償はほんとうに大きすぎました。福島の原発だけでなく福井の原発『もんじゅ』も一度も稼働しないまま事故が発生、いつ放射能が漏れ出すか分からないといいます。莫大な費用をつぎ込み、これだけのリスクを冒してまで、原発はほんとうに必要なのでしょうか。

その答えになるかもしれないサイトがあります。ご興味のある方は覗いてみてください。

【田中優】氏 関東東北大震災-原発について- 動画:1時間2分20秒

(2017/7/1時点で上記リンク先は閲覧できなくなっています。代わりに田中優氏の公式サイトをご紹介します。=>田中優の’持続する志’

2011/04/05 高瀬千図拝

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