2011/07
人生の豊かさ

暑中お見舞い申し上げます

今年はいつにもまして暑さが厳しく蒸し暑い日が続いているようです。標高1200mを超えるこのあたりには蚊がいないと聞いていたのですが、温暖化のせいでしょうか、散歩の途中、ヤブ蚊に刺されることがあります。今年は森にも害虫が大発生して丸裸になった木もあると聞きました。生態系にさまざまな変化が出てきているようです。

八ヶ岳の山麓に住むようになって五年半、たくさんの友人たちに恵まれ交流も盛んです。かつて日本の共同社会にあった隣近所のおつきあいの息苦しさもなく、遠すぎず近すぎず、互いを気遣いながらも干渉はしない、という絶妙の距離感の中で楽しい交流が続いています。

とくにたまに開かれるポットラック・パーティではそれぞれが得意料理を一皿持ち寄ります。ポットラック・パーティというのはアメリカの開拓時代、貧しい暮らしの中で互いを気遣い、主催者に負担を掛けないためにそれぞれが一皿ずつ料理を持参したのが始まりだと言われています。

さまざまな話題が飛び出し、おしゃべりの花が咲きます。互いに個人的な詮索はせず、特に目的があってのことでもなく、そのせいか気楽で楽しいパーティになっています。それぞれがなにかしら専門分野を持っていたり、興味があったりするというのも話題が豊富になる一因かもしれません。

何かことがあれば手を差し伸べあい、互いが無事に過ごしていることを喜ぶ、さりげなく心やさしいお付き合いは、何ものにもかえがたい生きる喜びのひとつです。しかし、ともすれば私たちは他人の干渉から身を守ろうとして、コミュニケーションを閉ざす傾向があります。都会ではなおさらでしょう。

子供達の世代ではさらにそれが強くなっているのが気になります。話している相手の目をきちんと見ない、感情を表情に出さない、個人的な意見は言わないといった無意識的な防衛は、私たち大人の行動を映している鏡にすぎません。今ではどこの家庭にもテレビゲームがあるようですが、これはコミュニケーションを必要としない一方通行の遊びです。

『人生の豊かさは感情の豊かさに比例する』というのは事実です。人生の豊かさは人間関係の豊かさでもあるからです。感情の豊かさはコミュニケーション能力と比例しています。

この世界にとって子供達は宝物。その子供達が人を恐れず安心して自分を豊かに表現できる社会、大人を信頼し、好奇心に満ちた目でさまざまなことにチャレンジしていく、そんな社会こそこれから実現したい社会です。それにはまず私たち大人から、ということでしょう。

心を開いて生きるには私たちの心の内側に隠されたさまざまな恐れを手放すことから始まります。それこそが私たち大人のこれからの責務であり、急務かもしれません。もう一度、互いの信頼を取り戻す、互いのために働けることを喜ぶ社会。それも夢ではないと思えたのは、東北大震災の後の若者達の活躍です。現地の人たちもボランティアの若者達も。ひたむきで真実の光を宿した彼らの目にこれからのこの国の希望を見いだしたのは私だけではないと思っています。

2011/07/06 高瀬千図拝

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