2013/01
人生という時間

五味健郎作 読書する少年

明けましておめでとうございます

写真は、五味健郎作 読書する少年 です。

さて、気学ではようやく新年の幕開けです。
今年は五黄土星が中宮にあり、したがって大きな凶方位はありませんが、五黄中宮の年は『革命の年』とも言われ、大きな変化の年になるという説もあります。

マヤ暦が終わる、ということで世間は騒いでいたようですが、マヤ族は古来、人間の恐怖を糧とする蛇(蛇族)を神と崇め、たくさんの人間を毎日生け贄として惨殺し、多い日は一日に二千人が犠牲になったという記録もあります。

そのマヤ暦が2012年に終わったことで、ようやく人間暦が始まるのだ、と私は勝手に解釈しています。

友人によれば5000年紀の始まりとか。これまでの第五世代が終わり、精神的進化をとげる第六世代に入った、というインドのマスターもいます。

 

巷にはいろいろと終末論が出回っていますが、どんな出来事も結果も、すべては私たちの心の所産しょさんです。

エゴと向き合い、認知し、捨てて行く。物質世界に生きる意味もそこにあると私は思っています。他者という存在を通して自らのありようを知ることができ、現実的な出来事として見ることができるからです。現実はすべて自分自身の映し鏡だとクリシュナムルティも言っています。

エゴに気づき、捨てていく、人生という時間はそのためにあると私は思っています。エゴを手放した後になにが起きるのか、どんな世界が見えてくるのか、それを知るために人生があり、また自分自身を発見し育てるために人生という時間が与えられているのだとも思っています。

せっかく人間に生まれた以上、私たちは自分が何者で、何が好きで、何がきらいで、ほんとうは何が欲しいのか、どこへ向かっていこうとしているのか、じっくり考えてみる必要があります。自分自身と向き合い、自分の心と語りあうことで、新たな何かが見えてくるかもしれません。

 

それで、というわけではありませんが、このところ毎日一時間、瞑想をしています。一時間もじっとしているなんて退屈ではないのか、と思われるかもしれませんが、深く沈潜していくと時はあっという間に過ぎてしまいます。瞑想には時間を超越する働きがあるからでしょう。

それに自分と向き合うことで心の掃除ができます。瞑想をしない日はなんとなくすっきりしません。気持ちが良くないので、いつの間にか習慣になってしまいました。

瞑想が終わるとコーヒーとクッキー一枚。それが私の朝食です。それから書く仕事にかかります。ちゃんと食べると体が重くなり頭が働かないのです。

一人で考え続け、書き続ける私の生活は自分自身と向き合い続けることでもあります。その点、この冬の森の静けさは申し分のない環境です。

この八ヶ岳の森の中から皆さまのご健康とご多幸をお祈りしております。
今年がますます幸せで豊かな年となりますように。

2013年1月6日 高瀬千図拝

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