能のちから生と死を見つめる祈りの芸能

著者:九世観世銕之丞
出版社:青草書房
 

これは実際に能を演じるシテ側から書かれた本です。能楽師の方の著作はたくさんあるのですが、なかなか面白いというものには出会えません。

この本がとても身近に感じられるのは、演じる側がその能と向き合うプロセスが正直に吐露されているからかもしれません。興味もわきますし、能に人間的な香りが加わってきます。

私は十数年前になりますが、九世 観世 銕之丞きゅうせい かんぜ てつのじょうさんの能をなんども拝見する機会に恵まれました。

ご縁がかさなって、とうとう『華の実会』という観世さんの能の会のお世話もいたらないままに10年勤めました。

新作能『道真』を書いたとき、演出と主演を手掛けてくださったのも九世観世銕之丞さんです。そんなわけで、遠くにあるものと思い込んでいた能が身近になり、しかも制作する側からその中に入っていく機会にも恵まれました。
 

実は知れば知るほど面白くなるのが能なのですが、たいていの方が「能は難しくてよくわからない」と思い込んでいるのではないかと思います。

その点からもこの『能のちから』はほんとうにお勧めの第一級の本だと思います。

『生と死を見つめる祈りの芸能』という副題がつけられているように、生きていたときの人間の葛藤と死者となっても止まない苦しみ、理性でいかに律しても思いの激しさが死んで後もまたその人をいかに迷妄の苦しみにつなぎとめてしまうかという意識と無意識のせめぎあい、そんなさまざまに奥深い内容がわかりやすく、ご自分の体験を含めて語られています。

日本の伝統芸能の中でも世界に冠たるもののひとつが能です。日本人なら一度や二度は見ておきたい。

この『能のちから』は、とにかく能が面白くなる、分かりやすくなる優れた内容になっています。