2015/02
世界は良くなっているのか悪くなっているのか

この冬はありがたいことにたまに牡丹雪が舞うくらいでここ富山にはほとんど雪がありません。寒い日も大好きな中央植物園の温室に行けば、いつでも熱帯の花に出会うことができます。
 

このところ気になるニュースといえばやはり『イスラム国』のことではないでしょうか。しかし、先日のEテレ・スーパープレゼンテーションでのこと、ハーバード大のスティーブン・ピンカー教授の『暴力と平和の歴史』(2015.1.7放映)はとても興味深い考察でした。
 

「今世界は良くなっているのか悪くなっているのか」
という質問に多くの人がだんだん悪くなっていると答えています。

日ごろの犯罪ニュースとか世界中で起きている民族紛争とか、ニュースを見る限り多くの人がそのような印象を持ったとしても不思議はないのですが、ピンカー氏は「確実に世界は平和になってきている」と答えています。
 

実は私も世界は良くなっていると考えているひとりです。なぜか。実は学生時代に言語学を少しかじったことがあり、その言語学を通じて古代から中世のヨーロッパの歴史を学んだことがありました。

そのころの人間のやったことは目を覆いたくなるほど残酷で凄惨なもので、ここで言葉にするのもはばかられるほどです。それを多くの人々が拍手喝さいしながら見物していたのです。

日本の中世史を覗いてみても同じことが言えます。日常的にレイプだの殺人などが横行していましたし、子どもの誘拐など日常茶飯事でした。土地を巡っての争いは毎日のように起きていて、争いになればかならず殺し合いになりました。

小さな国同士、といってもこの日本国内の話ですが、鎌倉時代から江戸末期までやはり内戦が続いていたことはどなたもご存じのとおりです。

鎌倉期以降、戦争のたびに殺し合う男たちも大変ですが、敗けた方は女も子供も皆殺しになります。

信長贔屓の多い日本ですが、スターリン並の殺人鬼をなぜこうも英雄のごとく礼賛するのか私にはよく分かりません。敵は赤ん坊まですべて皆殺し、というのが信長の常とう手段だったからです。

信長でなくても、いざ戦になれば、負けた方は良くて男はみな殺し、女はレイプされるか殺され、若くて美人なら女奴隷といったところで、子どもは人買いに売られたり殺されたり、というのが中世日本の現実でした。

リアルなところで円山応挙の『七難七福図』のとおりの世界です。

有史以来、現代ほど多くの人が知性と良識を持つようになった時代はありません。時にあまりに凄惨な事件を目撃すると世界はまるで悪くなっているような印象を持ちますが、良心とか良識、知性を持つ人の数は圧倒的に増えています。

もし『イスラム国』のような存在が肥大するとしたら無知が原因です。教養がないために思考力が乏しく愚かで粗暴で暴力沙汰ばかり起こしていたのは、日本の中世の武士たちも同じでした。
 

問題の根源には知性の欠如があります。
 

一人一人が考え、学び、視野を広げ、深く思考するなら、いずれ今起きているような犯罪はもっと減少するでしょう。巨視的に捉えるなら、現代に生まれ、ここに生きていることは、これまでの人類史上、考えられないほど奇跡的で幸福なことに間違いはありません。

2015/02/05 高瀬千図拝

 

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