2016/01
あなたの体験をぜひ書き残して欲しい

皆さま、明けましておめでとうございます。

今年はいったいどんな一年になるのか、誰しも気になるところです。世界はますます混沌として、私たちはいったいどこへ向かっているのか不安になる方もいらっしゃることでしょう。

ただ、『それでも宇宙は進化しつづけている、私たちはその一部だ』と言ったのはダライ・ラマ十四世でした。

中国に侵略され、ヒマラヤの資源はことごとく略奪され、村人は過酷な労働を強いられ、家も土地も失い亡命を余儀なくされたチベット。その東北地方の村では村人が集められ、母親から引き離された4才の男の子が泣いたというそれだけで、中国兵はその子を足蹴にし殴りました。止めに入った母親は投獄されました。生まれたばかりの赤ん坊は隣にいた女性がすばやく隠してくれて無事でした。彼女がようやく外に出されたのは27年後、それも一時的なものでした。

それまで子供にまた会いたい一心で耐え続けた地獄のような牢獄での日々。しかし、戻ってきた村には両親も子供もいませんでした。4才だった男の子は毎日泣きながら村の中を母を探して走り回り、橋から落ちて亡くなっていました。娘は他人のもとで大きくなり、母の顔も知りませんでした。両親は餓死したと聞かされます。唯一の生きる目的を失った彼女はとうとう正気を失い生きる力も失いました。

しかし、同じ牢獄にいた僧侶が必死で治療を続け、ようやく一命を取り留めた彼女は時期をみて逃走、密かにチベットを抜け出し、ヒマラヤを徒歩で越えてカトマンズを目指しました。

仲間の助けを得て健康を取り戻し、ダライ・ラマのたっての希望で、謁見のため亡命政府のあるダラムサラに向かいました。

 

法皇は彼女の手を取り、あなたの体験をぜひ書き残して欲しいと要望します。それで書かれたのが『チベット女戦士 アデ』(総合法令刊)でした。

この本のタイトルにはほんとうに腹が立ちました。

女戦士!そんな人ではありませんでした。というのも東京に講演にいらしたとき、私は直にアデさんにお会いしたからです。エキセントリックなタイトルも売るための戦略だったのでしょうが、その無神経さには腹が立ちました。侵略者がいったい何をしたのか、この本には母だったひとりの女性の思いが縷々るるつづられているからです。

平和ボケの日本。
この本はぜひ皆さんに読んでいただきたいもののひとつです。

それに不思議なことがありました。彼女の講演を聞きに行く前、私には青い花のイメージがつきまとっていました。それで花屋で青い花を中心に黄色や白の花をあしらった花束を作ってもらい持参しました。アデさんに差し上げるためです。

講演の後、私は舞台に近づき、その花束を手渡しました。その時の深く慈愛にみちた力強い彼女の眼差しを私は今も忘れません。

私の手を固く握り、通訳を通して「チベットの私が育った村にはこんな青い花が一面に咲いていたのよ。それを思い出したわ、ほんとうにありがとう」とアデさんは言いました。

女同士、言葉にしなくてもたくさんの思いが分かち合える。それを体験した出来事でした。

2016/01/06 高瀬千図拝

 

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