平成30年4月某日
森先生のことを思い出す。森敦、60歳を過ぎて小説『月山』で芥川賞を受賞した人。私の小説の先生。
生前、時々市ヶ谷のお宅に伺った。その日、一緒に講演(先生の)に行くことになっていた。つまりお供をすることになっていた。出かける前、「さ、おしっこにいってらっしゃい」と先生。ハイ、とトイレに行く私。私はその時43歳。一緒にいると、なんだかいつもほっとしていた。お父さんみたいな人だった。
初めて小説を書いた、と先生に褒められたのは「イチの朝」。先生は「ついに書いた。君は書いたんだ。今夜は飲むぞ、大いに飲むぞ」と言われた。
その小説は中上健次さんも良いと言ってくれ、早稲田文学に載り、そのまま芥川賞の候補になった。最後まで残ったのがひかりあがたさんの作品と私のものだと聞いた。遠藤周作さんはあがたさんを推し、吉行淳之介さんは私の作品を推して一騎打ちみたいになり、受賞作なしの結論になった。
そんなこともあったなあ、と思い出す。
この頃、なぜか夜ベッドに入ると、頭の中でいろいろな相手と英語で話している。娘婿はアイルランド系アメリカ人だからいい話し相手になる。他には見知らぬ通りすがりの外国人に道案内や歴史について話している。
変なクセがついたもんだと思うが、すぐに眠ってしまうからこれはとてもいい。
2018/04/10 高瀬千図
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イチの朝 収録